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東京地方裁判所 昭和40年(ワ)10672号 判決 1967年7月15日

原告 開発興業株式会社

右訴訟代理人弁護士 井之上理吉

被告 有限会社アスターハウス

右訴訟代理人弁護士 高橋亘

被告 加藤衣子

右訴訟代理人弁護士 池田輝孝

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、求める裁判

一、原告

1、被告らは連帯して金二五万円およびこれに対する昭和四〇年一月二四日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2、訴訟費用は被告らの負担とする。

3、仮執行宣言

二、被告ら

主文同旨

第二、主張

一、原告

(請求の原因)

(一) 原告は昭和三九年一〇月五日に、所持していた次の約束手形(以下、本件手形という)を訴外古江保により窃取された。

約束手形金額 金二五万円、支払期日 昭和四〇年一月二三日、支払地 東京都中央区、支払場所 株式会社常陽銀行銀座支店、振出地 東京都千代田区、振出日 昭和三九年一〇月一日、振出人 開発海運株式会社、受取人 白地

(二) 古江保はその後、訴外佐藤繁義と二人で被告有限会社アスターハウス(以下、被告会社という)の経営するキャバレー「アスターハウス」で遊興した際、その遊興飲食代約一万円の持合せがなかったので、本件手形を同飲食代金債務の担保として、佐藤繁義をして受取人欄及び第一裏書人欄に同人の氏名を署名捺印させて被裏書人欄白地のまま被告加藤衣子に交付した。

(三) 被告加藤はいわゆるホステスとして被告会社に雇傭されていた者であるが、本件手形を受取るに際し次のような重大な過失があった。

1、佐藤繁義は住所不定の者であり、しかも本件手形の第一裏書人として自署捺印するに際してもその住所を記載していない。

2、それにもかかわらず被告加藤は佐藤繁義に対しその住所を確認していない

3、一般に約束手形の裏書を受けるときは、手形面上に裏書人の住所の記載があるかどうかを調べ、記載がないときはその住所を確認すべきは取引上当然の注意義務であり、しかも本件手形の場合は僅か一万円程度の遊興費の支払のために額面二五万円の手形を担保にしようというのであるから異例なことであり、このような状況の下で右のような注意義務を怠り手形の裏書譲渡を受けたことは重大な過失である。

(四) 本件手形はその後、被告加藤から被裏書人白地のまま訴外岩田角蔵に、同訴外人の第二裏書により訴外薄井和彦に漸次譲渡され、薄井から振出人開発海運株式会社に対する手形金請求訴訟の所持人勝訴の判決が昭和四〇年一〇月二七日確定したため、原告の本件手形金債権の喪失は明らかとなった。

(五) 原告の本件手形金債権の喪失による損害は、被告加藤がその重大な過失により本件手形を善意取得していないにもかかわらず、これを訴外岩田角蔵に譲渡したために生じたものであり、被告加藤の所為は被告会社の被用者としてその事業の執行につきなされたものであるから、被告らは連帯して原告に対し本件手形金とこれに対する満期の日から完済まで手形法所定年六分の利息に相当する債権の喪失による損害の賠償として、請求の趣旨記載の金員(法定利息に相当する金員については満期の翌日から)の支払を求める。

二、被告会社<省略>。

第三証拠関係<省略>。

理由

一、<証拠省略>によれば、請求原因(一)の事実を認めることができ、これに反する証拠はない。

二、その後請求原因(二)のとおり、佐藤繁義が本件手形の受取人欄に自己の氏名を補充しかつ第一裏書人として自署、捺印のうえ被裏書人欄白地のまま被告加藤に交付し、同被告からさらに請求原因のとおり訴外岩田角蔵、同薄井和彦へ順次譲渡されたこと、その結果、原告は本件手形金債権を喪失したことは被告加藤との間に争いがなく、<証拠省略>。

三、原告は被告加藤の本件手形の裏書による取得に請求原因(三)のような過失があり、これは重大な過失であるから善意取得は成立しないと主張し、甲第一号証の一、二によれば裏書人佐藤繁義の署名部分に同人の住所が明記されていないことは明らかであるけれども(この点は被告加藤との間では争いがない)、原告の立証その他の本件全趣旨によっても被告加藤が本件手形を佐藤繁義から裏書譲渡を受けるについて同訴外人を正当な所持人と判断したことに重大な過失があったとは未だ認めることができない。

かえって、<証拠省略>を総合すると被告加藤は被告会社の経営するキャバレー「アスターハウス」(争いがない事実)にホステスとして働いていたとき佐藤繁義は何回か客として遊びに来て顔見知りであったこと、それで本件手形を取得した当夜も、同訴外人の遊興飲食代金を現金払いでなく本件手形の裏書譲受によって精算することを了承したこと、そして本件手形を取得する際、念のため佐藤の現住所を同被告の手帳に記載してもらっていることが認められ、反対の証拠はない。したがって原告がいわんとする裏書人の住所不確認による過失ということは、すでにその前提事実において理由がない。また被告加藤が本件手形を取得した趣旨も、被告主張のように、当夜の佐藤らの遊興飲食代金の支払の担保のためだけであったと認定するだけの的確な証拠はなく、それまでの佐藤の遊興飲食代金の立替未払分も含めて精算される趣旨で授受されたとする被告加藤衣子本人尋問の結果を考察すると、右原告の主張事実もにわかに認められない。また被告加藤は本件手形を取得してから満期に支払を受けるまで所持しておこうと考え、おおよそ一箇月あまり手許にとどめておいたが、クリスマスから年末にかけての被告会社への納入金に不足を来したため、同年春ごろ知り合いの岩田角蔵に同手形の割引を依頼し、譲渡したことが<証拠省略>認められ、本件手形取得後の被告加藤の所為からも、格別不審の点を見出すことはできない。

四、以上説示のごとく、原告の重過失の主張はけっきょく採用するに至り得ず、その余の争点につき判断するまでもなく原告の本訴請求はいずれも理由がない<以下省略>。

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